プログレおすすめ:Amit Erez「Last Night When I Tried To Sleep I Felt The Ocean With My Fingertips」(2009年イスラエル)
Amit Erez -「Last Night When I Tried To Sleep I Felt The Ocean With My Fingertips」
第64回目おすすめアルバムは、イスラエルのミュージシャン:Amit Erezが2009年に発表した3rdアルバム「Last Night When I Tried To Sleep I Felt The Ocean With My Fingertips」をご紹介します。
イスラエルで「フォークの貴公子」と云われ、これまでのアルバムはアコースティックギターを中心とした楽曲のアルバムが多かったのですが、当アルバムでは、キーボードやストリング・カルテットの奏者をゲストに迎え、サウンドに厚みを加えると同時に、プログレ・フォーク寄りの世界観へとクリエイティビティが変化しています。
アルバムを一聴しても、冒頭曲「Pretty Things」から数曲まではキーボードを主体としていますが、本人がアメリカのElliot Smith、イギリスのNick Drake、カナダのJoni Mitchellなどのシンガー・ソングライターから影響受けたというとおりのままに、その独特の声質と合い間って、繊細に音楽を聴かせてくれます。その繊細なサウンドに、キーボードやプログレなエッセンスが加わることで、
抒情性よりも詩情豊かなリリシズムを感じるアルバムではないかと思います。ごく一般的にいえばポストロックやオルナタティブで耳にするメロディやサウンドを感じるかもしれません。
楽曲について
アコースティックギターのみのヴァースで唄う冒頭曲1「Pretty Things」は物憂げな楽曲です。途中からキーボードやエレクトリックギターのフレーズが聴けなければ、アルバムのオープニングとして聴いていて気持ちが沈み込んでしまう感覚に陥ってしまうぐらい辛さを感じてしまうかもしれません。それでもなお、1「Pretty Things」をアルバムの序曲とすれば、同様にマイナー調の楽曲2「Animal Heart」でのキーボードを力強く打鍵するイントロとギターとドラムが加わるアンサンブルは、当アルバムで展開する世界観を拡げる効果をもたらすだけでなく、不思議と3分30秒以降のギター・ソロに少しだけホッとした心持ちにもなります。
3「Whales Dance For Me」もピアノとボーカルだけという音数の少ないヴァースが印象的な楽曲ですが、ピアノやギターのフレーズも含めた繊細な響き、コーラスがさらにサウンドスケープを拡げてくれるんです。儚さの中に優しさが見え隠れするような感覚が素敵な奏でられていくのが印象的なんです。
4「The Water Received」はイントロの2本のギター(ディレイを効かせたギターと効かせていないギター)のフレーズから、ヴァースではファズを効かせたエレキギターのフレーズからオルナタティブなアンサンブルを感じますが、プログレ・フォーク系のエッセンスを感じます。3曲目までと異なり少し爽やかなメロディラインも含め、独特なギターのフレーズが絡み合う素敵な構成ですね。
ギターが独奏する約1分弱の小曲5「Holy Things」を挟み、全曲のトーンを踏襲したイメージを与える6「Coming Down」は、イントロで際立って高速なアルペジオを弾くギターのフレーズが印象的な楽曲です。メインとなるギターのアルペジオのフレーズに、ルート音を上昇下降するフレーズはヴァースのメロディラインを彩り、ストリング・カルテットも効果的にアクセントとし使われており、アルバム中で最も優しさに溢れた印象もあります。
7「Secret Cards」は音数の少ないギターによるイントロから始まりますが、一転し1分前後から曲調は変わり、当アルバム中で最もエッジの効いた音色でフリーキーなギターソロが聴けるほどオルナタティブ寄りの楽曲です。ギターだけでなく、ドラムとベースのリズムセクション、唄メロのガイドボーカルやコーラスワークも含め、前曲まの楽曲とは異なるサウンド・メイキングとアンサンブルを聴かせてくれます。
リズミカルな旋律を弾くピアノがアンサンブルをリードする8「Love Again」は、4「The Water Received」や7「Secret Cards」と比べてもアルバムで異色な楽曲です。イギリスやアメリカのシンガーソングライターが唄う、つい口ずさみたくなるようなメロディラインを感じさせてくれます。ピースフルな感覚では、3「Whales Dance For Me」と同様な印象を持ちますが、強いていえばポップな印象が強いかもしれません。ピアノと同時にアンサンブルに加わるストリングス・カルテットのイントロやエンディングのフレーズも印象的ですね。
アルバム・タイトル曲9「Last Night When I Tried To Sleep I Felt The Ocean With My Fingertips」は、白玉で旋律を弾くオルガンの音色だけのイントロや前半部のヴァースからの静寂さと、中間部から後半部にかけて一転して激しさに印象を変える約7分に及ぶプログレッシブ・ロック然とした楽曲です。1分30秒前後も含めヴァースとヴァースの間でギターのフレーズが聴けますが、このフレーズがこの長尺の楽曲の1つの骨子であり、何度か曲中にアクセントとして聴けます。後半のヴァースでは、キーボードとエレクトリックギターのボトルネック奏法がアンサンブルに加わりますが、突如、3分20秒からはファズの効いたギターのリフに、断末魔のようなヴォーカリゼーションが聴け、その後はギターとストリングス・カルテットやピアノを中心に、ドラムも高らかに、刹那さにもミステリアスさを醸し出しながら混沌としたインプレゼーションが続いていきます。そして、突如、6分44分前後に楽曲上の独特なサウンド・エフェクトかと思わしき効果がサウンドを覆い、楽曲はクロージングします。
最終曲10「Paper Cuts」も9と同様に約9分にも及ぶ長尺な構成ですが、一般的に長尺な楽曲が持つ印象や前曲9「Last Night When I Tried To Sleep I Felt The Ocean With My Fingertips」の印象などで先入観があるとプログレッシブ・ロックの楽曲と勘違いして耳を澄ましてしまいそうです。実際には、途中から加わるストリングス・カルテットのアンサンブルがじわじわと楽曲を彩りながらも、冒頭曲1や5、6の印象に近くAmit Erezの従来のアルバムで魅せるアコースティカルな楽曲です。8分前後からのアコースティック・ギターとストリングス・カルテットによるインストルメンタルのパートは、アルバムの聴き心地に余韻を残すかのようにクロージングまで続きます。
アルバム全篇、従来のフォーク寄りの楽曲をベースに、アルバムの中盤から終盤にかけての楽曲(3、4、7、8、9)で魅せるプログレ・フォーク系のエッセンスに、シンガー・ソングライター然とした繊細さをプログレッシブ・ロックへと飛躍させたクリエイティビティを感じずにいられない素敵なアルバムです。
[収録曲]
1. Pretty Things
2. Animal Heart
3. Whales Dance For Me
4. The Water Received
5. Holy Things
6. Coming Down
7. Secret Cards
8. Love Again
9. Last Night When I Tried To Sleep I Felt The Ocean With My Fingertips
10. Paper Cuts
Amit Erez自身が影響を受けたというElliot Smith、Nick Drake、Joni Mitchellを聴く方にも、またシンガー・ソングライターをこよなく愛する方にもおすすめのアーティストであり、おすすめのアルバムです。
また、当アルバムはよりプログレッシブなエッセンスがあるため、プログレ・フォーク寄りでいて、アルペジオを主体とするギターのフレーズを好む方にもおすすめなアルバムです。
アルバム「Last Night When I Tried To Sleep I Felt The Ocean With My Fingertips」のおすすめ曲
1曲目は、9曲目「Last Night When I Tried To Sleep I Felt The Ocean With My Fingertips」
イントロのオルガンとヴォーカル、楽曲中に特異なアクセントとなるギターのアルペジオのフレーズ、後半部のインプレゼーションなど、静と動にメリハリを効かせた典型的な楽曲と知りつつも、最後まで聴き続けてしまう曲の芯の強さを感じてしまうんです。Amit Erezの持つ繊細さ、そして、詩情感を「静」というカタチで奏でてきた従来の音楽スタイルに「動」にも落とし込んでいます。「静」と「動」を1つの楽曲で聴かせるプログレッシブな姿勢が素敵過ぎますね。
2曲目は、4曲目の「The Water Received」
ディレイを効かせたギター、ディレイを効かせないギター、ファズを効かせたギター、フリーキーなフレーズを効かせるギターなど、複数のアタッチメントとアコースティックやエレキを重ねたアンサンブルでのサウンド・メイキングとクリエイティビティが素敵です。
このレビューを読み、ご興味を持たれましたら聴いてみて下さいね。ぜひぜひ。
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