プログレおすすめ:Rush「Grace Under Pressure」(1984年カナダ)
Rush -「Grace Under Pressure」
第187回目おすすめアルバムは、カナダのプログレ・ハード系のプログレッシブ・ロックバンド:Rushが1984年に発表した10thアルバム「Grace Under Pressure」をご紹介します。
1974年に1stアルバム「Rush」でデビュー後のアメリカ・ツアーから、Geddy Lee(ボーカル、ベース、シンセ)、Alex Lifeson(ギター、シンセ)、Neil Peart(ドラム、パーカッション)によるたった3人のメンバーで、メンバーを変えることなく、常に独創的な音楽性を提示してきました。
1981年に発表した、Rush史上でも最高傑作としてロック名盤で語られることが多い8thアルバム「Moving Pictures」以降、シンセサイザーをスタジオ収録やステージ上で利用しはじめ、楽曲の方向性も長い尺で叙情的で複雑な展開から簡素で短めな尺へとシフトしていきます。
よりシンセとキーボードが多用され、1982年発表の9thアルバム「Signals」に続く2年振りの当アルバム「Grace Under Pressure」でも、楽曲のパートに占めるキーボードの比重が高くなります。聴き手によっては、シンセによるサウンドに重さ、および、シンケンサーも利用し全体的に暗いイメージを抱いてしまうようです。
個人的には、Rushらしさのある変拍子やリズムチェンジを交えたテクニカルなアンサンブルさは健在のままに、メジャー調による快活さのあるイメージよりもマイナー調による刹那さあるイメージのトーンからクールな印象を持ってしまうんです。
Rushのファンにとって、近未来をテーマにした歌詞が醸し出す終末の不穏さを表現した楽曲たちに異色なアルバムとして違和感を感じると思います。個人的には、他アルバムよりもマイナー調に彩られた統一感あるサウンドが溢れ、大好きなアルバムの1枚です。
楽曲について
・・・和やかな声で一日は始まって・・・
・・・ラジオから軽やかに曲が流れてくる・・・
・・・そしてその音楽はキミが迎えた朝に魔法のように演出してくれる・・・
と冒頭で綴られる名曲「The Sprit Of Radio」(7thアルバム「Permanent Waves」収録)と比べて、
・・・平原の街々を横切り、強風は舞い上がり・・・
・・・重水の中、泳ぐものはなく
・・・酸性雨の中、歌うものもない
・・・緊急事態だ!警戒警報・・・
と綴られる冒頭曲1「Distant Early Warning」の歌詞が物語るのは、他者を心配しようとも何をして良いのか分からず怯え、さらに、
・・・真実は真実ではないと受け止められるか?・・・
と近未来を危惧したメッセージで問いかけてきます。イギリスのLed Zeppelinを彷彿とさせる重厚なオープニングの名曲「Tom Sawyer」(8thアルバム「Moving Picture」収録)とも異なり、シンセを多用した分厚さや、特にヴァースでのAlex Lifesonによるイギリスのロックバンド:The PoliceのAndy SummersやアイルランドのU2のThe Edgeを彷彿とさせるギターのフレーズや音色使いなど、コンパクトにシャープさを増したアンサンブルにサウンド・メイキングは胸にぐっと迫ってくるものがあります。さらに、3分15秒前後のフェーザーを効かせたギターのフレーズが醸し出す切迫さには、コミカルさも垣間見えた楽曲「The Sprit Of Radio」の面影すら見受けられません。サビ部でのGeddy LeeによるベースとNeil Peartのタイトなドラミングの疾走感溢れるビートが一層聴き心地を高揚させつつも、約5分に込められたサウンドと歌詞が示す近未来へのメッセージにただただ打ちのめされてしまいます。
2「Afterimage」は、1「Distant Early Warning」の疾走さを持続させつつも、シンセベースで展開されるゴリゴリさのないビートが印象的な楽曲です。2分20秒前後からのシンセサイザーとシーケンサーを多用したサウンド・メイキングには、前作アルバム「Signals」でも垣間見えた明るさやあたたみのあるトーンとは異なる質感を感じ、そのままAlex Lifesonによるギター・ソロからThe PoliceのAndy Summersを彷彿とさせるギターのフレーズでヴァースへと移行するパートは聴きどころですね。
3「Red Sector A」は、U2のThe Edgeや、その影響を受けたイギリスのバンド:Simple Mindsの楽曲を彷彿とさせるギターのカッティングで幕を上げる楽曲で、2「Afterimage」同様にシンセベースが利用されています。サビ部での分厚いシンセのリフとギターのカッティングが交互に重なるパートや、3分35秒前後の短め目のギター・ソロには1「Distant Early Warning」のギター・ソロと同様に、当アルバムで感じえる刹那さが溢れています。
4「The Enemy Within (Part I of Fear)」、5「The Body Electric」、6「Kid Gloves」と続くアルバム中盤の楽曲には、前作アルバム「Signals」以前のいくぶん軽快さをサウンドに感じられます。それでもなお、シンセの音色とThe Policeを彷彿とさせるギターのフレーズによる浮遊さをもたせたパートにスカのリズムをもつ4「The Enemy Within(Part I of Fear)」、アンドロイドが自由を探し叫ぶように「S.O.S」を発するようなサビの「1-0-1-1-0-0-1」のリフレインと2分55秒前後のギター・ソロとともに展開されるGeddy Leeによる縦横無尽なベースのプレイが印象的な5「The Body Electric」、当アルバムで最もトーンが明るく5拍子で展開するヴァースの6「Kid Gloves」など、アルバム全篇のトーンを遺脱しないようにバラエティ豊かに聴きどころが満載です。
印象的な「I See Red」の絶句ともとれる一節で幕を上げる7「Red Lenses」は、ベース、ギター、ドラム、シンセによるアンサンブルにはどことなくオリエンタルなムードを漂わせています。3分20秒前後のドラムとベースのパートも含め、クロージングまでのGeddy Leeによるチョッパー気味のベース・プレイには特筆しがたいものがあります。
最終曲8「Between The Wheels」は、オープニングからシンセのリフレインするリフが未来への警告を示すかのように不穏さを駆り立てて進行していきます。特に、4分30秒前後からクロージングまで、この不穏さあるリフを皮切りに、
・・・一流社会の世界にうちのめされ・・・
・・・混み合った通りを歩き・・・
・・・ただシーツの下に隠れ、空虚さを埋めようとし生きている・・・
と最後のヴァースの一節を表現するかのように奏でられるギター・ソロの轟音さ、そして、シンセが無造作にも自律神経を失ったかのようにフェードアウトし締めくくります。
アルバム全篇、前作アルバム「Signals」以上にシンセの分厚いサウンドが彩り、特に冒頭曲と最終曲での多用さが顕著のため、重苦しいイメージを持つかもしれませんが、比較的軽快さもあるアルバム中盤の楽曲も含め、サウンド・メイキングや未来掲示となる歌詞による統一さもあり、コンセプト感のある素晴らしいアルバムと思います。
あらためて振り返ろう。
・・・ただシーツの下に隠れ、空虚さを埋めようとし生きている・・・
と、残虐性とは異なるものの、後味の悪さに、決して過去犯した社会的な過ち(戦争など)が近未来に起きないようにと願いたくなるアルバムですね。
[収録曲]
1. Distant Early Warning(邦題:彼方なる叡智が教えるもの)
2. Afterimage
3. Red Sector A
4. The Enemy Within (Part I of Fear)(邦題:内なる敵へ)
5. The Body Electric
6. Kid Gloves
7. Red Lenses(邦題:赤色の映像)
8. Between The Wheels
近未来に対する警告とも取れるコンセプト立てた感のある歌詞が好きな方や、その歌詞の世界観を具現するかのようなサウンド・メイキングを好きな方におすすめです。
1980年代に入りバンドのアンサンブルにシンセの比重が増したとはいえ、当アルバムのマイナー調で分厚いシンセのサウンドは、むしろ当アルバムのみと云わんばかりの異色さです。そのため、当アルバムのシンセサイザーやシーケンサーなどで感じるサウンドの質感だけで判断せず、より軽快さもある1980年代でシンセを多用した、1982年発表の9thアルバム「Signals」、1985年発表の11thアルバム「Power Windows」、1987年発表の12thアルバム「Hold Your Fire」などもおすすめです。
アルバム「Grace Under Pressure」のおすすめ曲
1曲目は、冒頭曲1の「Distant Early Warning」
リズムセクションの疾走さ、ギターのプレイによるクールさ、シンセを多用したブレイクのリフ、そして、ギター・ソロなど、歌詞の世界観を踏まえたマイナー調で描くサウンド・メイキングが素晴らしすぎます。名曲。
2曲目は、最終曲8の「Between The Wheels」
アルバムを印象付けるサウンドの「重々しさ」があるとしたら当楽曲だろうと考えさせられる楽曲です。従来であれば、名曲「Tom Sawyer」のようにギターやタイトなドラミングによるヘビネスが醸し出す重厚さに「重々しさ」を感じていましたが、歌詞の世界観を踏まえ、個人的には、アルバムのクロージングにも救いの一片も微塵として魅せない徹底さにも魅力を感じずにいられません。
このレビューを読み、ご興味を持たれましたら聴いてみて下さいね。ぜひぜひ。
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