ストーリー「再会の街で」『第9章 白い夢』(#9 Daydream)
ストーリー「再会の街で」『第9章 白い夢』
A component or element of the plot of this story was Inspired By Track #7 “Daydream” of the “Lost Symphony” album released by the ucranian symphonic prog rock band Karfagen in 2011.
[Karfagen -[Daydream]]
喫茶店で、濡れたハイヒールを気にしていた君がいた。傘をわきっちょに置き、幼さ隠した横顔のまま、ぼんやりとメニューに目を落としてた・・・僕は、緑色のヘアバンドを手にしてた。最初のデートのワンシーンは、そんな感じだったんだ。雨は、ウィンドウ越しに打ちつけて、乱反射しながら、その束は、心にこれでもかと投げかけてくる。そんな追憶の夢を見てたとき、最後の白いシーンに触れる直前・・・店員が置いていった伝票の裏・・・僕がトイレに言ってる間に書いてた冬美の悪戯書きを見ようとした瞬間・・・僕は眠りから目覚めた。
今日は、外は雨のようだ。僕の部屋の窓辺にはドライフラワーが飾ってある。窓の外では静かに茶色の街並みを濡らしてるのに、ドライフラワーときたら、目覚め後の夢の続きをみようと、潤いを願っている。そっと窓辺で微笑んでいる姿が痛々しいじゃんか。雨音が子守唄になって、再度、眠りへと誘おうとしてるのだろうか?その姿は半永久的な美しさを手に入れているというのに、足りないものを今だ救心していた。何にも耐えがたいものなんだろうね。僕は両の手を結んで、腕を上へと拡げてみた。幾分、眠けがとれたみたいだ。昨日は久々に飲んだけれど、二日酔いの感じはしないから気分は幾らか楽だった。大きなあくびを二つばかりすると、僕はベットから這い上がり、ドライフラワーの肩越しに触れて、左右に揺らすと、タオルと歯ブラシを持って、洗面台に向かった。夢から覚めていたのは、意識だけ・・・『誰よりも君が好きだから・・・誰よりも孤独になれる・・・』微かに揺れるドライフラワーは目を閉じかけようとしていた。
「でかけるよ~」
朝食後、二階で、出かける支度を済ますと、御勝手にいるはずの母に、声をかけて家を後にした。朝食といっても名ばかりの今日。授業はあるけれど、午後から会う予定なので、ほとんどお昼近い時間だったんだけど・・・
折りたたみ傘にしようか、普通の傘にしようか迷ったけれど、普通の傘にしてみた。ワックスを満遍なく塗ってある方が、今日みたいな日には、雨粒の弾けがいいだろうと思ったからだ。どちらかというと激しくアスファルトに打ちつけるのではなく、茶色の街並みを濡らし、露をしたたさせる程度の雨が、頭上より降り注いでいる。落ち葉だって、所々に目にする季節。音楽を聴きながら、窓辺から風景を見るには、いい一日なんだろうけどね。こんな優しげな朝が、午後からの時が何を待っているのかを知らぬことに僕は皮肉を感じていた。ピアノ協奏曲で言えば、主題に導かれ、一息ついた後に出てくる穏やかなフレーズを、指先で繰り返す・・・そんな雨音の世界だった。そう、今日の雨は、普段の雨・・・変わらない雨、変わっているのは自分の気持ちのもちようにすぎないのさ。呟いた言葉は、夢から覚めるまで抱き締めていたかったんだろうね、想い出の一ページでも、巻戻しして、眺めては、再び、心に刻みたかったんだろう。僕には、きっと、そんな余裕さえなかった。
今日は、沿線の違う駅の南口のロータリで冬美と会う予定になっていた。待ち時間に10分前に到着するぐらいのペースで、最寄りのバス亭に向かった。住家が建ち並ぶ細道から大通りに出ると、ちょうど背後からバスが迫ってきていた。足早にすれば、間に合う感じだった。バス停につくと、雨避けの下で傘についた雨粒を揺らし落とした。傘の選択は正解だったようだ。気分を少しでもあげようと、自分に言い聞かせる行動が無意識にできてたら、なお良かったのかもしてないけれど・・・。傘を閉じ、揺らしていると、バスが静かに幾ばくかの水飛沫を上げて立ち止まった。僕は傘のホックをつけて、左前方に開かれた入り口へ歩み寄った。
「ああぁ・・・」
背後でよぼよぼし気な悲鳴が聞こえた。僕は振り向くと、高校生らしき青年が右肩に衝突してきた。
「おい、そんなに急がなくても、いいだろうに・・・」
自分の内に生じる不安が、憤りという姿に変わったのかも知れない。僕は、高校生に、そう声をかけた。
「うるさいんだよ。はやく、先進んでくれよ。つっかえてるんだよ。」
その高校生は、どちらが悪いのか分からない荒々しい口調で僕をのけぞらすと、バスの段に足をかけた。とうに高校なら遅刻だろうに・・・そんなにせっかちにならなくてもいいだろうにと、僕は思った。でも、これ以上、騒ぎを大きくすることは性分に合わない。呆れたままに、僕もバスの入り口へと向かった。が、さっきの悲鳴が気になっていた。振り向いたときには、昨日のような衝動はかられはしなかったけれど、黙って見過ごすことなんてできはしない。再度降りかえってみれば、傘が手元から飛ばされて、右足の膝周辺を抑えてうずくまる、ご婦人がそこにいた。僕はあとずさりして、傘を拾う。
「大丈夫ですか?」
拾い上げた傘をそっと目の前に差し出した。ご婦人は50歳後半だろうか、うめき声を出すのも堪えて、じっと疼くまっている。バスの車掌さんが、こちらが乗るのかを気にしているのがチラチラと目に入り、僕は、右の手のひらをバスの進行方向に向けて、運転してくださいといわんばかりに促した。迷いもなく自分がそんな親切な行動をとってしまったのかは、何故だか分からない。しかし、ただうずくまる、このご婦人を助け起こそうとする気持ちはいけないことではないはずだ。バス停で、バスを待つためのベンチは、手が伸ばせそうな位置に存在してた。傘を杖代わりに、共にベンチに越しかけた。
ベンチに越しかけると、すぐに僕は、待ち合わせの時間に間に合わないのではないかと感じた。顔面に少々付着する雨粒の中に汗も混じり出していた。すぐさま、PHSで、遅れる旨を伝えるメールを冬美に送る。
「ありがとう、いきなり、背後から突き飛ばされてしまって、気が動転してました。」
思ったより、若々しい口調で、ご婦人は、僕に声をかけた。また、しばらく座ってれば、痛みも消えますから、気にしないで下さいねってという仕草も垣間見れて取れた。僕は、右隣に座る、ご婦人の横顔に顔を向けて、複雑な思いがしていたけれど微笑んで見せた。それを察したのだろうか、
「もしやして、急いでました?助けていただいてありがたかったのですが、バスに乗り込んでいただいてもかわまわなかったのです。」
「いえいえ、性分というか、なんだか気になっしてまったのです。」
「そうですか、それなら良いのですが・・・」
「はい。」
微笑を作ることが、これからの為にも、大切なんだろうねえと感じていた。次のバスまでは、35分の待ち時間があった。雨に濡れた腕時計をハンカチで拭いながら、待ち合わせの場所までの時間の流れを頭の中で描いていた。刻を素描するには、感情を無にしなくては、表現できない世界だった。今更、ジタバタしたって始まらない。タクシーを呼び寄せるほどの運賃の余地さえもないのだから・・・
「もし良かったら、なにか話をしませんか?こうやって、人とベンチに座るのはひさかたぶりなんです。」
「はい、次のバスが来るには、時間がありますしね。」
苦笑いしながら、僕は、左手の腕時計の上に、右手の平をかぶせた。
「ああ、やはり、なにかしら、用事があって急いでいたのではないのですか?」
あっ、失言をしてしまった。恥じらいを感じながらも、僕は、なんだか和やかなムードになりかけてる空間を、妙に不思議な感覚と思いながらも身を委ね始めた。
「このあたりに住んでるんですか?バス、時々、利用してるんですけど、みかけたのは初めてなので・・・」
「いえ、住んでるところは遠く離れてるんです。道に迷ったというべきか、懐かしさを感じる気がしましてね、歩いていたんです。私はバスに乗るかどうか迷ってたところだったんです。」
ん?なんだか妙なことを言う、ご婦人だ。でもなんだか、妙に、この人に親近感を湧いていた。笑顔が妙に人懐っこい所が似ている・・・婦人は続けて、
「あの日も、こんな雨だったんですけれど、ベンチの上に座っていたんです。一人で知り合いを待ってて・・・・、ああ、あの日と言うのは、かなり昔のことでしてね。気にしないでくださいね。空が晴れているように明るい中、このように穏やかに雨が降る日は、なんだか憶えてるだけなんです。歳よりの戯れです。」
おもしろい人だ。でも、会話が弾みやすい感じの人なので、バスが来るまで、気を紛らわすことができるのではないかと思った。歳が離れてるのに、なかなか、こんな風に話ができるのも妙だけど・・・
「そうですか。今日みたいな雨の日に、なんだか大切な想い出があるみたいなんですね。僕は、どしゃぶりの雨と違うのに、なんだか気分が朝から冴えないのですよ。穏やかな雨ですよね・・・」
僕がこう言って、空を見上げた。すると、ご婦人は、少しばかり沈黙を置いて、
「でも、雨は雨、以前、手術した箇所が疼くんです。はりがあって、歳を取ると辛いものです。」
「手術ですか。手術をすることを決心したのは、やはり辛かったですか?僕の知り合いで、手術する可能性がありそうな人がいて、これから会うところなんです。」
何を言ってるだ?初めて会った人に、ここまで話さなくていいではないか?でも・・・なんだか喉に刺さったバラの棘らしきものの痛みが和らいでいく、そんな感じがした。どうせ、世間話に過ぎないし、この街の人ではないというのであるなら、意見を聞いてみるのも手なんだろうなと思った。やや沈黙の後にして、ご婦人は言った。
「手術はすることよりも、手術後がつらかったですね。痛みとかが和らぐのかどうか、それが心配でした。」
どんな病気で手術をしたのですか?まで突っ込んで聞くには、いくらなんでも会話の流れからしても、言い出せないことだった。ちょいと、言葉が詰まり始めていたんだ・・・自分の話の進め方に、いつもながら呆れていた。
その後、話は違う方向で進んでいった。このご婦人の話の仕方に救われたといえば、救われたと言えるのかもしれない。僕は、ふと腕時計を覗き込んでから、
「バスの待ち時間ですが、会話らしき会話をしたという感じですよ。ここ2、3日、いろいろと考えることがあって、会話になってなかったんですよね、友人と・・・」
僕は、頭を掻きながら、何故か臆する事もなく素直に言ってしまった。
「それは嬉しいですね。わたしのために、バスに乗れなかったこと・・・不憫に思ってしまってたので、知り合いの方が手術をすることになれば、うまくいくと良いですね。なんだか、わたしもなんらかしらの戸惑いがぬぐいきれた感じです。」
ご婦人は、顔をちょいと傾けて、微笑んだ。
「はい、そうですよね。」
僕は、それに答えるように微笑み返してみせた。その視線の方向から、つまり向かって右手から、バスが、こちらに向かってくるのが確認できた。その瞬間、これが白い夢のままをひきずっているのであれば、僕は、扉を開いて、次の扉へと進まなくてはならないと思った。ベンチを立つと、バスの時刻表がある柱の傍に、僕は歩み寄った。穏やかな会話も雨も朝も、カリソメの時にすぎないのだと、間違ってもこの場に安住してはいけない。本当の大切なパズルの1ピースを埋めるために、まだ迷路があるなら、辿りつかなくてはいけないから・・・。 そう、白い夢から目覚める準備を、胸のうちではしっかりとしたものにしようとした。そして、開かれたバスのドアの段に足を進めた・・・。
To Be Continued… (第10章 優しい狂気)
A component or element of the plot of this story was Inspired By Track #7 “Daydream” of the “Lost Symphony” album released by the ucranian symphonic prog rock band Karfagen in 2011.
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