プログレおすすめ:Steven Wilson「Hand. Cannot. Erase.」(2015年イギリス)
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最終更新日:2016/03/22
2015年, イギリス, フルート, メロトロン, ロック, 女性ボーカル Dave Gregory, Dave Stewart, Guthrie Govan, Marco Minnemann, Nick Beggs, Steven Wilson, Theo Travis
Steven Wilson -「Hand. Cannot. Erase.」
第132回目おすすめアルバムは、イギリスのプログレッシブ・ロックバンド:Porcupine Treeのメイン・コンポンザーであるSteven Wilsonが2015年に発表した4thアルバム「Hand. Cannot. Erase.」をご紹介します。
プログレシック・ロックのファンであれば、前作3rdアルバム「The Raven That Refused to Sing」は、2013年のみならずプログレッシブ・ロック史上でも名盤に数えられるアルバムでした。
そして、2015年3月に、2年振りとなる当アルバム「Hand. Cannot. Erase.」はリリースされました。家族や友人がいるにも関わらず、イギリスはロンドンのアパートで3年間も誰にも発見されることなく孤独死してしまったという38歳の女性:Joyce Carol Vincentのエピソードを元に、アルバムはコンセプト・メイキングされています。
過去に比較されるだろう1枚としても、決して比肩ではなく現在最高峰のプログレの1枚に位置付けするだろう、Steve Willsion自身は当アルバム・リリース時は語ってました。
Steven Wilson(ボーカル、ギター、キーボード、メロトロン、ベース・ギター、バンジョ)以外には、3rdアルバム「The Raven That Refused to Sing」から引き続き、Guthrie Govan(ギター)、Nick Beggs(ベース・ギター)、Adam Holzman(キーボード、ハモンド、ムーグ・シンセ)、Marco Minnemann(ドラム)が当アルバムのソロ・バンドのメンバーとして参加しています。
個人的には、Geoff Downes、John Payneとともに、2004年にAsiaとしてアルバム「Silent Nation」を発表していたGuthrie Govan、1980年代にKajagoogooとして活躍したNick Beggsの存在を、Steve Willsionのソロ・アルバムでは意識し聴いていましたし、Adam HolzmanやMarco Minnemannも含め、テクニカルさや耐えがたい経験を持つメンバーを織りなすサウンドは、アルバムを重ねることで一体感を増し、そのケミストリーを強く感じずにいれません。現代プログレッシブ・ロックのシーンで期待せずにはいられないアーティストの1人ですね。
楽曲について
冒頭曲1「First Regret」に導かれ、当アルバムの真のオープニング・ナンバーといもいうべき2「3 Years Older」は、歯切れ良く透明度の高いギターと、リズム・セクションによる躍動的なアンサンブルで幕を上げます。Steven Wilsonが影響を受けたという5大プログレバンドの1つ:Yesやアメリカのプログレ・ハード系のバンド:Bostonを彷彿とさせるコーラスワークが感じさせながらも、根本にある唄メロのメロディラインの良さがあるからこそ、クオリティ良く聴かせてくれると思うんです。当楽曲には、元XTCで現Big Big Trainのギター奏者:Dave Gregoryがゲスト参加しています。それでもなお、特筆するのは、7分30秒前後のAdam Holzmanによるハモンドのソロ・フレーズなんです。ただただ圧倒され聴き入りながら、楽曲後半部を彩るパートに腫れます。
3「Hand Cannot Erase」もまたDave Gregoryがゲスト参加している楽曲です。終始、万華鏡のように彩る音色のギターのフレーズが素敵に響き、流麗でキャッチ―な唄メロのメロディラインとともに印象的です。
4「Perfect Life」は、イギリスのソプラノ女性歌手:Katherine Jenkinsによるナレーション風に語り手で楽曲が開始し、優しさと儚さが同居したような唄メロのメロディラインが印象的な楽曲です。ヴァースで一気に開放的なイメージをもって進行するメロディラインには、どことなく1980年代のブリティッシュ・ロックのニューウェーブ期のバンドや、たとえば、スウェーデンのPOPデュオ:Roxetteが発表していたようなスローバラードに代表されるロマンチシズムが感じえるんです。
5「Routine」は、男性ボーカル:Leo Blairとイスラエル出身の女性歌手:Ninet Tayebによる分かち合うヴァースが印象的な楽曲です。トレモロを効かせたメロトロンを交え、当楽曲でも優しさを讃えた展開を魅せていきます。3分前後に、いったん休止し、メロトロンとギターのアルペジオが醸し出す幻想さ、4分前後からの唄メロのメロディラインを活かしたGuthrie Govanと思わしき美麗なギター・ソロ、7分前後の断末魔のようなボーカリゼーション、8分前後のSchola Cantorum Of The Cardinal Vaughan Memorial Schoolによるクワイアなどもアクセントに、混沌よりも静と動をメリハリを効かせ、どこまでも繊細さをともなう叙情性を訴えるかのように、1音1音を大切にクロージングしていきます。
そう、Steve Willsonがサウンドスケープで描きたかった奥深い世界観にソロ・バンドのメンバーだけでなく、各楽曲に散りばめられたゲストによる各プロフェッショナルさが溢れている気がしてなりません。
特に、Porcupine Treeの2006年傑作アルバム「Fear of a Blank Planet」でのストリング・アレンジから長い付き合いとなっているDave Stewartのアレンジも特筆です。1970年代のカンタベリーシーンで重要なバンド(Khan、Hatfield and the North)のメンバーでもあったDave Stewartは、Steve Willson関連だけでなく、同国のプログレッシブ・ロックへ転身したバンド:Anathemaの傑作アルバム(2012年発表のアルバム「Weather Systems」、2014年発表のアルバム「Distant Satellites」)でも重要なポジションを担っており、the London Session OrchestraのストリングスをアレンジするDave Stewartが加わった9「Ancestral」と10「Happy Returns」は、アルバム後半部の楽曲にして、アルバムのハイライトと捉えられると思うんです。さらに、9「Ancestral」には、イギリスのプログレッシブ・ロックやロックのシーンで顕著な足跡を残してきたThe tangent、Richard Sinclair、David Sylvian、Robert Fripp、Gongなどにも参加していたTheo Travis(サクスフォン、フルート)と5「Routine」でボーカルを取っていたNinet Tayebが加わっています。10「Happy Returns」には、2「3 Years Older」と3「Hand Cannot Erase」と同様に、Dave Gregoryが加わっています。
9「Ancestral」の10分前後での幻想感漂うなかでのTheo TravisによるKing CrimsonやPorcupine Treeを彷彿とさせるフルートによる演出、そして硬質でメタリックなギターのヘビー感を醸し出したアンサンブルなど優雅さが似つかわしい展開に、Steve Willsonの音楽の集大成を感じてしまいます。
10「Happy Returns」は、ヴァースでもスキャット(トゥル~ル~ル~ララ~)で唄うメロディラインに楽曲タイトルとも相反すべき刹那さを感じてやみません。アコースティック・ギター、ピアノ、ムーグ・シンセが絡み合うアンサンブルは、そのスキャットのメロディラインが痛々しいほどまでに讃えているようです。そして、最終曲11「Ascendant Here On.」は、5「Routine」や9「Ancestral」にも彩りを魅せてくれているSchola Cantorum Of The Cardinal Vaughan Memorial Schoolによるクワイアによって、仄かにもそのスキャットをなぞるように展開し、静かに消え入るようにアルバムをクロージングしていきます。そう、そっと静かに、アルバムのコンセプトにもなっている「誰にも気づかれなく、天国へ旅立ってしまう」さまをサウンドスケープするか如く・・・。
ゲスト参加の名をあげての楽曲の説明ばかりですが、アルバム全篇でも最もヴィンテージ感の陰鬱さとアンニュイさやハモンドの音色に、ファンキーさが溢れる6「Home Invasion」、Guthrie Govanによるテクニカルでドラマチックなギター・ソロやSteve Willsonにおるバンジョのフレーズが聴ける7「Regret #9」は聴きごたえ半端ないです。
そして、アルバムの後半3曲(9「Ancestral」から11「Ascendant Here On.」まで)を結ぶ8「Transience」には、プログレ・フォークというよりも、フォーク寄りの素の調べに、ほんの束の間の瞬間にもホッと一息をつかせてくれます。
前作アルバム「The Raven That Refused to Sing」で感じえたジャズ系やフュージュンさのあるエッセンスよりも、解放さのある奥ゆかしいメロディラインが豊かに感じられるアルバムと感じました。そして、アルバム全篇聴き通しているうちに、4「Perfect Life」と10「Happy Returns」に到達すれば、楽曲タイトルから連想させるポジティブな意味合いを考えてしまい、アルバム・コンセプトとは裏腹に、心の何処かずっしりとした気持ちのまま、それでいて、豊かなメロディラインに「美」を意識もしてしまい、最終曲11「Ascendant Here On.」を聴き終えます。
これまでの作品同様に、それ以上に半端なくビジュアルイメージを訴えかけるサウンドスケープを感じさせてくれる素晴らしいアルバムです。
[収録曲]
1. First Regret
2. 3 Years Older
3. Hand Cannot Erase
4. Perfect Life
5. Routine
6. Home Invasion
7. Regret #9
8. Transience
9. Ancestral
10. Happy Returns
11. Ascendant Here On.
Porcupine TreeやSteve Willsonのファンの方であれば、2015年6月末現在、既に当アルバムを聴いてる方は多いと思います。
当アルバムは、2015年上半期(2015年1月~6月)で、ワールドワイドに見てプログレッシブ・ロックのシーンで屈指のアルバムと思います。Steve Willsonのソロ・バンドのメンバーだけでなく、数々のゲスト・ミュージシャンと織りなすサウンドには、サウンドスケープを濃厚に感じさせてくれるにちがいありません。プログレッシブ・ロックの特徴の1つとも云うべき「コンセプト・アルバム」で興味を抱いただけでなく、最重要なアルバムとして聴いて欲しいと思います。
アルバム「Hand. Cannot. Erase.」のおすすめ曲
1曲目は、10曲目「Happy Returns」
スキャット(トゥル~ル~ル~ララ~)につきるんです。アルバム全篇を聴き、当楽曲へ辿りついた時、最初のテーマとなる唄メロのメロディラインだけでも魅力的だというのに、当スキャット部は一聴し忘れられなくなりました。そして、そのまま最終曲11「Ascendant Here On.」のキー・ポイントのメロディとなり、アルバム・コンセプトの一部を体現しているかのような想いになるんです。
2曲目は、4曲目「Perfect Life」
Steve Willsonが創りだす典型的なキャッチ―でメロウさもある唄メロのメロディラインに、残響さもあるギター、シンセが絡み合うアンサンブルと分かっていながらも、ビジュアルイメージに訴えかけるサウンドスケープも素晴らし過ぎます。
このレビューを読み、ご興味を持たれましたら聴いてみて下さいね。ぜひぜひ。
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